2015年1月25日日曜日

国立病院のベットの上で…カープ親父の口から出た『衝撃の一言』とは?

 



















2012年10月
カープのCS敗退にがっかりしてた頃

普段 お盆・お正月前しか連絡の来ない
広島の姉からの突然の電話


午前10時 仕事の真っ最中だった


姉『昨夜 お父さんが病院に運び込まれた』

僕『なんで?』

姉『詳しい事はあれじゃけど…
  とりあえず大丈夫じゃけん…』


(大丈夫なら電話してこんじゃろうに?)
すぐに仕事を切り上げ
広島行きの新幹線に乗り込んだ







夕方 親父が運び込まれた国立病院に着く


変わり果てた親父の姿に






一瞬 言葉を失う


親父の顔が夏にあった時の半分に見えた



目もくぼみ 顔がげっそりしていた




姉『昨日 運ばれたときは髭もボウボウ
  じゃったけん…見とれんかったよ…』




夏に親父の事で姉と話し合って決めた
僕の東京からの週一回の電話と
姉が一時間かけて親父を訪問する事

こんな事態は全く予想していなかった


看護婦さんからも
『昨夜 運ばれてきた時は
 仙人のようじゃったんよ』と言われる



義理のお兄さんも付き添ってくれて
大分 迷惑をかけてしまった…



僕『おやじー わしよ わかるん?』

(まるでドラマのワンシーンだなぁ)
と心の中でつぶやきながら声をかけた


ベットに横渡ったまま起き上がれない
親父

まるでスローモーションのように
視線だけこちらに向ける…






親父の口からやっと出てきた言葉?

『ぉ―ぉっー』

かすれるような声(?)




声ではなく単なる音にしか聞こえない

腹の底からではなく 

口の先 唇からやっと出てきた様な音



これが あの親父なのか?




大きな大きなトラックに乗って
僕を育ててくれて
僕の東京行きを応援し続けてくれた


あの親父の姿はどこにもなかった…





姉から聞かされたのは
自宅で倒れていて
少しでも発見が遅れていれば
命はなかっただろうとの事

意識ははっきりしているが
自分の力で起き上がる体力は無い



姉の話を要約すると
トラック野郎時代の仲間と酒を飲み
飲みすぎて自宅で倒れていたらしい…


親父の嘔吐物などで自宅は
足の踏み場もない程
ひどい状態だったと…

心電図から
実際に二度 心臓も止まっていて
血圧も210を超えていて
いつ死んでもおかしくない状態

いわゆる危篤状態で国立病院へ
運び込まれたのだという事だった





体の半分は腐っていて
体中に雑菌が回り
いつ どんな合併症が出ても
おかしくない状態だという事




僕がこの世に生まれてから
僕の親父が飲みすぎて
ぶっ倒れる姿など見た事はなかった…



僕『なんで?
   
  なんでそがいに飲んだん?』






親父の口からやっと出てきた言葉




『カ - プ』







『ま け て 』





『 く  や  し ゅ う  て の ー 』






2012年夏

僕が親父と会った時には
ヤクルトと3位を争い

『今年こそは行けるかのー』

とカープのCS進出をめちゃくちゃ
楽しみにしていた僕の親父


定年を迎えた僕の親父の唯一の楽しみ
それはカープの応援だけだった

勝負の9月に大連敗で
その年のカープファンの夢は終わった…



独り暮らしの親父が心配で
携帯電話も持たせたはずなのに

使われる事の無かった親父の携帯

姉の話では倒れた横に充電されたままの
携帯が落ちていたと…


僕『なんで誰かに電話せんかったん?』




国立病院のベットの上で

病室の白い天井を見つめながら

カープ親父が言った

体力を振り絞って言った一言は






『    な     か  






         な        か







 
    し      ね      ん   
 





             も    ん 
 





 


      じ   ゃ       の  … 』














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